sinner cafe | シナー カフェ

| 日時:2007/08/15 15:43

 

「お会計お願いしまーす」

「あれ、楠木さん、もう帰っちゃうの?」と店長。

「時間ない?ちょっと、もうすぐ、あと10分くらいで新しいスイーツの試作品出来上がるの。良かったら味見してって」
 

店長の言葉に腕時計を見る。

「時間?あるある。じゃあ、遠慮なく試食…ていうか、毒見だよねえ?毒見役かって出るわ」
 

(ラッキー!)
 

食後のデザートだ。

我ながら食い意地だけは人一倍ある。

カウンター越しに出来上がったばかりの試作品をもらい、口の中に頬張る。
 

「甘酸っぱーい!」
 

思わず声に出してしまう。
 

「これ、中にさくらんぼあること知らなかったら驚くね。
あること知っている私でもびっくりしちゃったもん。」
 

店長はしたり顔でニシシ、と笑う。
 


「あ、1個食べます?」

 
隣に男の子がいたので声を掛けてみた。

いや、実は気付いていたのだ。

隣の男の子がじっとこっちを見ていることに。

そんなに見られたらさすがに後ろめたい。
 

(―――タダでスイーツをもらえた上に独り占めなんて!)

 

そこまで私も食い意地が張っているわけではない。

けして。
 

「あ、え、い、いいんですか?」
 

男の子はちょっと挙動不審にスティック状のチョコケーキを受け取った。

驚いている顔を見て店長はやっぱりニシシと笑う。

店長は天真爛漫な悪戯好きなのだ。

いつだって悪気は、ナイ。
 

「ほんと、男には優しいねえ、楠木さん」
 

店長の目が何かを訴えている。
 

見えないふり、気づかないふり。


「そんなことないよー」


だって可愛いコには優しくせよ、と言うじゃない。

けれど、どうだろう。

とチョコケーキを見て思う。

ぱっと見、素朴なチョコケーキだ。

デコレーションすればいいのかもしれないけれど…今のままじゃ地味なのよねえ。
 

(美味しいけれど商品になるかしら?)
 

なんて考えていたら、隣の男の子は時計を見て慌てて会計を済ませて行ってしまった。
 

「楠木さん、カウンターにいた若者、知り合い?」

とジノ君。
 

きょとん。


「ああ、隣にいた子?全く知らないけど。」


「天然ですね…」とヒロヤ。


ええ?君に言われたくないよ?ヒロヤ。
 

「あ、それよりも、ケーキで余ったチョコでブラウニーも作ったんだけど、食べる?」と、店長。
 

「食べる!」


我ながら食い意地だけは…以下略。

 
一口、口に入れると、

 

「……」黙。

 

「あれ?楠木さん?」

 

私はヒロヤを手でこまねいて、素直な彼の口にブラウニーのカケラを放り込んだ。
 
 

「………砂糖が」
 
 

「だよね。」
 
 

店長がアレ?と自分でも切り分けたブラウニーを口に入れ、
 
 
「苦っ」
 
 
と叫んだ。
 

てっきり甘いと思い込んでいたチョコブラウニーは、想像とは裏腹に苦かった。
 

「あれー?おかしいな、砂糖の分量間違えたのかしら…」と店長。
 
 
ふと時計を見ると、そろそろスタッフに怒られる時間だ。
 

(やっぱりお土産にお菓子買って行こう)
 

「そろそろ行くね。また今晩来るから!」
 

ありがとうございましたー、と顔を見ずジノ君が言う。
 

いつも通りだと思っていた。
 

こんな日々がずっと続くのだと思っていたのに。
 

あの苦いチョコレートブラウニーは、何かの予言だったのかもしれない。
 

 
 

純粋に楽しくこのカフェに来れたのは、この時が最後になるなんて私は思ってもいなかった。

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