





「お会計お願いしまーす」
「あれ、楠木さん、もう帰っちゃうの?」と店長。
「時間ない?ちょっと、もうすぐ、あと10分くらいで新しいスイーツの試作品出来上がるの。良かったら味見してって」
店長の言葉に腕時計を見る。
「時間?あるある。じゃあ、遠慮なく試食…ていうか、毒見だよねえ?毒見役かって出るわ」
(ラッキー!)
食後のデザートだ。
我ながら食い意地だけは人一倍ある。
カウンター越しに出来上がったばかりの試作品をもらい、口の中に頬張る。
「甘酸っぱーい!」
思わず声に出してしまう。
「これ、中にさくらんぼあること知らなかったら驚くね。
あること知っている私でもびっくりしちゃったもん。」
店長はしたり顔でニシシ、と笑う。
「あ、1個食べます?」
隣に男の子がいたので声を掛けてみた。
いや、実は気付いていたのだ。
隣の男の子がじっとこっちを見ていることに。
そんなに見られたらさすがに後ろめたい。
(―――タダでスイーツをもらえた上に独り占めなんて!)
そこまで私も食い意地が張っているわけではない。
けして。
「あ、え、い、いいんですか?」
男の子はちょっと挙動不審にスティック状のチョコケーキを受け取った。
驚いている顔を見て店長はやっぱりニシシと笑う。
店長は天真爛漫な悪戯好きなのだ。
いつだって悪気は、ナイ。
「ほんと、男には優しいねえ、楠木さん」
店長の目が何かを訴えている。
見えないふり、気づかないふり。
「そんなことないよー」
だって可愛いコには優しくせよ、と言うじゃない。
けれど、どうだろう。
とチョコケーキを見て思う。
ぱっと見、素朴なチョコケーキだ。
デコレーションすればいいのかもしれないけれど…今のままじゃ地味なのよねえ。
(美味しいけれど商品になるかしら?)
なんて考えていたら、隣の男の子は時計を見て慌てて会計を済ませて行ってしまった。
「楠木さん、カウンターにいた若者、知り合い?」
とジノ君。
きょとん。
「ああ、隣にいた子?全く知らないけど。」
「天然ですね…」とヒロヤ。
ええ?君に言われたくないよ?ヒロヤ。
「あ、それよりも、ケーキで余ったチョコでブラウニーも作ったんだけど、食べる?」と、店長。
「食べる!」
我ながら食い意地だけは…以下略。
一口、口に入れると、
「……」黙。
「あれ?楠木さん?」
私はヒロヤを手でこまねいて、素直な彼の口にブラウニーのカケラを放り込んだ。
「………砂糖が」
「だよね。」
店長がアレ?と自分でも切り分けたブラウニーを口に入れ、
「苦っ」
と叫んだ。
てっきり甘いと思い込んでいたチョコブラウニーは、想像とは裏腹に苦かった。
「あれー?おかしいな、砂糖の分量間違えたのかしら…」と店長。
ふと時計を見ると、そろそろスタッフに怒られる時間だ。
(やっぱりお土産にお菓子買って行こう)
「そろそろ行くね。また今晩来るから!」
ありがとうございましたー、と顔を見ずジノ君が言う。
いつも通りだと思っていた。
こんな日々がずっと続くのだと思っていたのに。
あの苦いチョコレートブラウニーは、何かの予言だったのかもしれない。
純粋に楽しくこのカフェに来れたのは、この時が最後になるなんて私は思ってもいなかった。