





この中の誰かがあの本を読んでいる。
だから、余計僕は落ち着かない。
いつもと違う席にいるから、だけではない。
本当は店内をジロジロと見回してやりたい。
しかし、残念なことに、僕にはそんな度胸はない。
こんなことなら、と思う。無愛想にせず、店員さんと仲良くなっておくべきだった。
そうすれば、あの本の所在なんて造作もなく聞けるのだ。
けれど、今更そんなこと言ってもしょうがない。
本を戻す人が出てくるのをひたすら待つしかない。
そう思い、普段は頼まないケーキをコーヒーと一緒に注文した。
何食わぬ顔で雑誌の同じページを眺めること十分。
今の僕は背中に目があるが如く、
もしくはサバンナのシマウマのように、見えないはずの左斜め後ろ45度に細心の注意をはらっていた。
注文していたチーズケーキとカフェラテを受け取り、
ケーキを一口食べようとすると、前方から妙に力強い視線を感じた。
ふと顔を上げると、店長さんだ。
キラキラと新しいおもちゃを手に入れた子どものような目でじっと僕を見ている。
え?
「どう?おいしい?」
「え、あ、あぁ、お、おいしいです」
突然話しかけられてビックリする。噛み過ぎだろ、自分。
「よかった~」
このチーズケーキねえ、と店長さんは僕の気持ちなんてお構いなしに話を始める。
僕は僕で気が気じゃない。
申し訳ないんだけれど、それどころじゃないんだ。
見逃せないものがあるんだから。
さっき店員さんと仲良くなっていればなんて思ったせいだろうか。
こんな時だけ神様は願いを叶えてくれなくたっていい。
ともかく、今は―――
ガタッ
後ろの方から席を立つ音がした。
自然に、あくまで自然を装って僕は振り返る。
いつもの僕の席に座っている女の人が席を立ったのだ。
僕はその姿を見た途端、心臓がバクバク鳴り出した。
その女の人の右手には、あの赤い本があった。